各種コンクールに多数入賞
 今年度も各種作文コンクールにおいて、本校生徒が多数の入賞を果たした。
 はじめに、全国納税貯蓄組合連合会主催、「税の作文コンクール中学の部」において、3a荒木麻井さんが会長賞に輝いた。同コンテストではほかに、3a林裕子さんが大蔵財務協会理事長賞に、3c末崎裕麻さんが教育委員会賞にそれぞれ選出されている。
 その他の各コンクール名と受賞者は次の通り。

「全国高校文芸コンクール」 随筆部門優良賞   4a 高橋希実さん
              文芸評論部門優良賞 4a 生駒大祐君
              俳句部門優良賞   4c 鈴森友真君

「遊歩俳句大会高校の部」  最優秀賞 4a 山口淳也君

「水のエッセイコンテスト」  優秀賞 4a 山口淳也君

「全国高校生読書体験記コンクール」  優良賞 4d 勝利友香さん
                   入選  UD 寺西聡恵さん
                       4d 北村実穂さん

「緑の作文」  特選 5c 北御門加奈さん

「青少年読書感想文全国コンクール三重県審査」
                   優良賞 IB 笠井啓生君

「JICAエッセイコンテスト2003」
           青年海外協力協会会長賞 3d 平松千明さん
           入選          3b 関口真央さん

「読書感想文感動大賞」 佳作 2a 中根亜里沙さん
               2b 山門奈央さん

「小さな親切作文コンクール」  入賞 2d 柳和樹さん

「生命保険文化センター作文コンクール」
           文化センター賞3等 2b 今谷友香さん
                     2b 中川知美さん

「海に開かれたまちづくり作文コンクール」
           優秀賞 1c 斎藤啓太君
           入選  1c 大井真美さん

「青少年読書感想文三重県コンクール地区選審査」
           特選  3a 林 裕子さん
           入選  3b 中嶋小百合さん
               1c 大井真美さん

 ここで、「税の作文コンクール」大蔵財務協会理事長賞の3a林裕子さんと、会長賞受賞の3a荒木麻井さんの作品、「全国高校文芸コンクール」随筆部門優良賞の4a高橋希実さんの作品を紹介する。


「世界を結ぶ納税」



3a 林 裕子

 実際、私は税について少しも知らなかった。税≠ニ聞いて思い出すのは、消費税といったとても身近なもの位だった。あとは、通学時に最寄りの駅で見かける「税はきちんと納めましょう。」という広告も、最近テレビや新聞で話題になっている脱税=i=納めなくてはならない税金を不正な方法により納めないで済ますこと。)という言葉と照らし合わせて、(脱税をする人が急増している位なら、いっその事、納税なんて無くせばいいのに。)と、軽々しく思ってしまう程度だった。
 ある日、母親が車中で語ってくれた。「こうやって車走らせているだけでも相当お金がかかるのよ。」
私の家は学校から遠いので、少しでも通学時間を減らそうと、家─駅間を親に車で送り迎いしてもらっている。その距離も半端ではないので、我が家は他の家に比べて車に関して払う税金が多いらしい。車には、自動車税、車検の際に含まれる税金、又、ガソリン税+消費税等がかかるという事で、たった一台の車を走行させるにも複数の納税が必要なのだ。車だけでなく、大人達は私達子供を養う為に有りとあらゆる税を納金しているのだと何気に気付かされた。
 少し税について考えるようになった。「どうして税は納めなければならないのだろうか?」大人達が政府に納めている金額は、生活に支障が出ない位にしても少なくはないはずだ。
 幼い頃、祖母が昔話のように語ってくれた事を鮮明に覚えている。「昔は、この家の前も砂利道だったんだがねぇ。道路もひかれて便利になったねぇ。」(あっ!そうか。税金はこういう事に使われているんだ!)
 砂利道がアスファルトに整備され、車道が出来、私達は生活が便利になった。税金は身近な所から、快適な生活・暮らしが出来るよう使われているのだ。私達が納めている税金を政府が管理してくれていて、国民の為に有意義に使ってくれている・・・それだけでも十分私達が納税する価値や意味はあるのではないだろうか。
 税金の使い道は国内だけでなく諸々の外国との外交関係にも注がれているはずだ。友好関係を築いて他国の文化を学び理解する為に、貿易に、又戦争で傷付いた国の復興支援等の為。全ては世界につながっている。私達は税金≠ニいう中継地点を設けながら、間接的に国家≠ゥら世界≠ニいう大組織に関わっているのである。
 「良き結果は小さな努力から」という。今、問題になっている環境問題、絶滅種動物の保護、地球温暖化、もっと身近な事でもいい。社会に貢献し、問題を解決し、良き結果(result)を生む為に納税≠ヘ義務である。

税の作文コンクール会長賞受賞作文
「税金で守られる生活」



3a 荒木 麻井

 私は税金の種類もあまり分からず、知っているのは給与などの時にひかれる所得税、買い物をするといつもついてくる5%の消費税くらいです。これは私も納税しています。他には年に一度車にかかる自動車税があり、これは道路工事の所に自動車税によって道を作っていると書かれていました。本当にこれくらいしか知りませんでした。
 税金をどういう物に使っているか、これは公務員と呼ばれる人達はすべて税金から給与をもらっている事と、病気になった時に保険で3割自己負担をするだけであとは税金から支払ってもらっている事ぐらいが私の身近な事です。今年は、テレビのニュースなどで何度も耳にする米の不作についても税金が使われている事が分かりました。平成5年、今から10年前にも日本は冷夏となり、米が不作になりました。それによって外国から急に輸入しなくてはいけなくなり、細長いタイ米を食べたらしいのですが、私はその記憶はありません。今年もその心配はあったのですが、テレビでも大丈夫と言っています。
 私達の「主食」である米について、政府が長年流通や価格を管理して国民の食糧を確保すると同時に、価格の急激な変化をおさえて国民経済を安定させてくれていたのです。それが食糧管理法でした。
 平成7年より食糧法が施行されて、今まで政府が全量を管理していた米が民間での流通による自主流通米が中心となりました。食糧法のもと政府の役目は、備蓄と需給のバランスや価格の安定を図ることとなったのです。
 去年までは大きな冷蔵庫でたくさんの税金を使って、そんなに多量の備蓄米が必要なのだろうかと疑問でしたが、今年はこの政策により、今まで無駄な税金の使い道と批判されてきた備蓄米に国民は安心をもらうことができます。
 国の政策の変換にともない税金もいろいろ変わってきました。私にとって一番つらいのは、消費税が10%に上がりそうな事です。しかしこれも私達の将来のために必要な税金なのだと思います。今何でこんなに税金をとられるのだろうと不満に思いますが、私達は税金でたくさん助けてもらっている事を思い出さなくてはいけません。周りの大人達か税金を納めてくれているおかげで、学校に行けるし、病院で治療してもらうことも出来るのです。これからの私達の役目は、大人になり納税者となった時に国民の義務として正しい納税を行うことだと思いました。そして、今の日本の最大の問題”国債を滅らすこと”です。年々国債の額は増加しています。このままでは借金大国になってしまいます。そうならないように税金を無駄な事に使用していないか、安全で豊かな生活を実現するために効率よく使われているか、関心をもつ事が大切だと思います。

全国高校文芸コンクール<随筆部門>優良賞
「書く」ということ



4a 高橋 希実

 私が何かを書くときというのは、授業の黒板を写すときや漢字テストの勉強のとき、宿題をするときや署名欄にサインをするときで、そのほとんどが無機質で受動的なもの。「私は今これについて書きたい!」と思って書くことは皆無で、むしろ作文などの宿題は毎年夏休みの悩みの種である。これを見て私は驚いた。自身の命や地位も顧みず、人は「書く」のだろうか。
 8月のある朝、私はいつものように重い瞼をこじ開け、ほとんど眠りながら朝ごはんを食べ、一通りの身支度を済ませた後、 新聞を読んでいた。私はいつも社説を読んでから、オピニオン欄を読む。オピニオン欄では、堅苦しいはずの政治の話が、風刺画や皮肉っぽい言い回しで面白く書いてあることが多い。しかし、その日は少し違った。
 月刊誌「世界」に1973年から88年まで連載された韓国民衆化のドキュメント、「韓国からの通信」の匿名筆者T・K生は池明観翰林大学教授池氏だったと本人をはじめ「通信」を支えた活動家たちがこのほどソウルで記者会見をしたそうだ。70、80年代、韓国の軍事政権は国内の民主化運動を激しく弾圧していた。掲載開始時は金大中誘拐事件のすこし前で軍事政権は殺気だっていた。そんな中来日した池氏は当時の「世界」編集長の安江氏に励まされ執筆を続けた。軍事政権がそんな状態だから、筆者を気づかせないように、池氏の筆跡を隠したり文章の癖も直したりして編集部の人たちは細心の注意を払ったという。
 私はここまで読んだ瞬間、「何故?何故そこまでして書くの?」とわけがわからなくて悲しいのやら情けないのやらいろいろな感情が自分の中で渦巻いていた。「書く」ということは日常においてさほど重要でないはずだ。何か食べなければ生きていけないが何も書かなくても生きていける。私は混乱したまま続きに目をやった。
 当時「世界」編集部にいて「韓国からの通信」に携わっていた山口万里子さんはこう言う。
 「『通信』は本国では書けないことを隣の国で印刷、掲載し、残す、真偽は混じっていてもとにかく残す。」
 池氏は生半可な気持ちで書いていたのではなかった。それは池氏が置かれている状況の中で池氏がなおも書き続けたという事実から明らかではあるが、当時の韓国の実状をリアルタイムで伝えることで、世間の目を韓国に向け、韓国の荒んだ軍事政権を打倒し民主主義を発展させようという強い使命感が池氏にはあっただろう。また後世に韓国が、また地球上のどこかの国が当時の韓国と同じような状況に陥らないようにという願いもこめられていただろう。日常の小さなことであるはずの「書く」ということは池氏にとっては重く、自分自身よりも大切なことだったのだ。
 「書く」ということは不思議なことで人によって目的も異なるし、それ自身の持つ重みも違う。今回の池氏は韓国の未来のため、広くはこれからの世界平和のために当時の韓国の実状を記録したのだった。池氏は自分の人生を背負いながら執筆を続けた。
 今まで「書く」というと日常のちょっとした作業としかとらえていなかった。しかし新聞の片隅の、この文章を読んで「書く」ことの重さに気づいた。人はいろいろな目的で「書く」が、気持ちの入れようひとつで、機械的でうすっぺらなものから人の心をこれほど動かせるものまでできる。地球上で唯一人類のみが持つ能力である「書く」ということ。一見ささいなことであるこれは実は計り知れない深さを持っていることに気づかされた。